〈学美の世界 14〉時に颯爽と、時に深い追求を/文真希 2019.12.21

 

https://www.chosonsinbo.com/jp/2019/12/sinbo-j_191223-3/

 

子どもの絵を観ていると、私はその作者に試されているような感覚に陥ることがある。

作品には彼らの目線だからこそ見つかる発見と、新鮮な感動で描かれたリアリティーが多種多様に表現されており、私はたびたび「こう来たか」と驚かされるのだ。作品を見せに来る彼らの誰もが唯一無二のアーティストであり、どうだと言わんばかりの堂々たる笑顔だ。むしろ大人より格好いい。

定まった規範やカテゴライズされた狭い枠から気持ちよくはみ出し、自身の感性を信じて構築・解体を繰り返し、時には颯爽とスピーディーに、時には深い追求をもって厚みのある作品にする。生活や経験で身につく力は多様であり、その体験から生まれる子どもたちの発信する表現も素晴らしく、尊い。その萌芽を見つけ、見守ることこそ学美の醍醐味とも言える。

 

 

作品1「発明家にあこがれて」。第45回学生美術展・優秀賞。横浜初級・初級部5年(当時):金宰瑛

 

偉人エジソンの発明の一つである「電球」。段ボールの塊に針金、プラモデルランナー、麻紐を何重にも巻き、その上に何層のポスターカラーを塗りこんだ(作品1)。

針金の広がりはまさに電流の「回路」である。その回路こそ発明に至るまでの苦悩と試行錯誤の表れであり、成功の光を灯すまでの道標となる。そしてペットボトルで作られた電球を頭に被る事で作品は完成となる。被った帳本人を努力で成しえた「灯」とみなすのだ。

発明という活動を一つの表現と捉え、達成された喜びを自己の表現として構築し、偉人に対する憧れと超越したい欲望が凝縮されている。

 

 

作品2「降りそそぐ視線」。第46回学生美術展・特別金賞。神奈川中高・中級部3年(当時):具潤亜

 

息をのんだ。「在日コリアン」に対する厳しくやるせない現実をどんな思いで描いただろうか(作品2)。

冷たい雨の中赤い傘を持ったチョゴリの女子中学生の視線の先には、黒いハサミが無数に降ってくる。黒いハサミは在日コリアンに対する差別と迫害、心ない暴言を容易に連想させる。直面した現実から逸らすことができないこの瞬間、どれだけの人が気付き、気づかないふりをしただろうか。揺れる思いと逃げたくなる葛藤の中、この生徒の視線の先に明るい晴れ間が射すことを願わずにはいられなくなる。

そして静寂した青い空間に立つチョゴリを纏う生徒の佇まいに滲み出ている気高さ。これを描くと決めた作者の正面から向き合う覚悟と芯の強さの表れだろう。

 

 

作品3「人を写す振り子」。第48回学生美術展・特別金賞。神奈川中高・高級部3年:李泰勲

 

ある空間の中心に一つの振り子がぶら下がっている(作品3)。

誰かが触ったわけでもないのに振り子は揺れている。振り子の先端からは黒い水がぽたぽたと落ちていく。揺れるのは風のせいなのか、引力のせいなのか。振り子に写るのはのぞき込んでいるわれわれ「ひと」である。

時が経つにつれ考えることをやめ、他人を蔑ろにし、歪んでいく「ひと」がどれほど溢れているだろうか。人としての道すら踏み外し心も削ぎ落ちてしまったら、その姿は振り子にどう写るだろうか。地球に生まれた人間という生き物を、地球の力を借りてのぞき込む。

いずれ直面する現実と未来への理想の交錯から正面から向き合った重厚な作品である。

 

(在日朝鮮学生美術展中央審査委員・横浜初級図工講師)