〈学美の世界 16〉対話の痕跡をたどる/河美香 2020.3.6

 

https://www.chosonsinbo.com/jp/2020/03/sinbo-j_200309/

 

下は初級部1年生から上は高校3年生まで、画面いっぱいに、時には大きくはみ出して作られた作品たちを前にすると、子どもたちの楽しいおしゃべりの声や、教師との応酬、自分自身との葛藤や、作品を作りながらの独り言、そして声高らかな主張…、さまざまな声が聞こえる。

毎年、審査会場に作品がずらりと並ぶとうるさいくらいだ。

学生美術展の絵は何故こんなに素晴らしいのか?

学生美術展の絵の魅力は、作品から感じ取れる「対話の痕跡」ではないだろうかと私は思う。

特に、子どもたちを一人の人間として尊重し、柔らかく受け止めてくれる美術教師たちの真摯な対話によって、柔らかく、しなやかな子どもたちの無垢な精神は光を放ちながら作品に宿り、作品をより魅力的なものにするのだ。

その対話は尊く、教師、子どもたち両方にとって、かけがいのないものになるだろう。

そして、この対話の積み重ねが子どもたちの大きな力になり、広大な未来へ進むための水先案内になるのだ。

私は毎年、この対話の痕跡をたどることに夢中になるのだ。

 

 

作品1「手のイメージ―大人の手―」。第46回学生美術展・優秀賞。埼玉初中・初級部5年(当時):朴世眞

 

「手」のイメージからの作品である(作品1)。

「¥0」、「無」、煙草、スロットマシーン、「有」という文字。

大人からすればマイナスな、どこか世知辛いイメージのモチーフが散りばめられている。

しかし、太くどっしりと描かれた手によって、マイナスな大人のイメージだけではなく、この子にとって、どこか憎めないのだろう大人への眼差しと、密かに、そして鋭い眼差しで大人の世界を覗きこむ子どもの姿を感じさせてくれる。

 

作品2「世間」。第47回学生美術展・金賞。埼玉初中・中級部2年(当時):李知郷

 

現在の社会の縮図である(作品2)。

本質を知ろうともせず、自分の尺度でのみ評価し、否定する第三者たち。

その者たちは本当の姿は見せず、あらゆる手段で攻撃するのだ。

国から、または個人から。

この子はどんな仕打ちを受けて、どんなに辛い思いをしたのであろうか?

それなのに、この冷静で、緻密な線描にこの子の強さを、そして不可思議な第三者たちの表現に、自分を負かそうとするものたちを笑い飛ばしてやろうという位の心意気を感じるのだ。

 

 

作品3「カイコガ」。第47回学生美術展・金賞。東京朝高・高級部3年(当時):李花鈴

 

蚕蛾(カイコガ)に、人間の管理下でないと生きていけないという「儚さ」「切なさ」を感じる作者の無垢な感性と、蚕蛾を弔うかのような透明感のある写真作品に惹かれた。

当作品には、蚕蛾の写真作品と一緒に、家畜化されて自然回帰能力を失ってしまった虫である蚕蛾との出会いと、蚕蛾を手に入れ自ら育て、作品を作るまでの過程をまとめた冊子も添付されていた。

自らおもむき、作品のモチーフについて深く知ろうとする真摯な姿勢からは作者の生き物への畏敬の念も感じられる。そして、その無垢で真摯な姿勢は、忘れ去られそうになっている小さな命を一つの作品に昇華させたのだ。

 

(在日朝鮮学生美術展中央審査委員・埼玉初中美術教員)